『カーリング今はもう』
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今日で5日連続カーリング場で練習していた。1日だって休んではいられない。300万円のブラシを取り返さないといけないのだ。
杏が投球動作に入った。重心が安定していないのが夏希にはすぐにわかった。体を起こしすぎだ。
「もっと低く。もっと前の足に体重を乗せるんだよ」
言われてすぐに杏は少し体勢を修正した。滑っていくフォームがだいぶ安定した。
ストーンが投げ出され、氷の上を滑っていく。杏は自分の投げたストーンを目で追った。
いい感じだ。ストーンはきれいにまっすぐ進み、円の中心近くに止まった。杏は声を発しながらガッツポーズをつくった。夏希も同じように拳を握りしめた。
杏はときどきいいショットを見せた。姉の才能がちょっとだけ遺伝しているかのように。
杏はさっそく次の投球動作に入った。さっき夏希が教えたように前足に体重を乗せて低い体勢を維持していた。
しかし投げ出されたストーンはさっきと全然違っていた。滑っていく方向があきらかにおかしい。どんどん右に曲がっていく。完全なるミスショットだ。さっきはいい投球をしたのに今度は問題外。いつもの杏に戻ってしまった。
ストーンはハウスを通りすぎてかなり右奥まで行ってしまった。杏は口を歪めながら首をかしげた。なぜうまく投げられないのかわからない様子だ。
しかし夏希にもわからなかった。フォームは悪くなかった。それなのにナゼいいときと悪いときがはっきりしているのか。
いい投球は20回に1回ぐらいはあった。しかしそれでは1試合に1回しかまともなショットが投げられないということだ。ムラがありすぎる。パチンコでいえば一発台みたいなものだ。どうにかして2回に増やせないだろうか。それができれば3回、4回と増やしていけるのではないか。
どうやったら修正できるのだろうか。自分は子供の頃どんな練習をしていただろう。
「とりあえずそこにあるストーンを全部投げてみなよ。ちゃんと前の足に体重を乗せて投げるんだよ。後ろの足はしっぽだと思えばいい」
杏はうなずきふたたびストーンを投げる体勢に入った。
夏希はリンクからあがってイスに腰掛けた。自分はさっきたくさん投げたので少し休憩だ。しばらく杏に投げさせよう。
慣れない左腕での投球のせいで筋肉が張っていた。手首やヒジが少し痛い。そのあたりを軽く揉んでほぐしてみた。
練習は重ねているが左での投球には全然慣れなかった。初日よりも下手になっているのではと思うぐらい全然進歩していない。
上手くならないのは夏希も杏も同じだった。このままではマズイかもしれない。
「前原さん。サインしてください」
声がした。夏希はうしろを振り向いた。男の子たちが4人立っていた。みんな背が大きい。でも中学生ではないだろう。顔つきが子供だ。小学5年生か6年生だろう。
夏希は渡されたペンで4人にそれぞれサインをしてあげた。字はやはり曲がってしまう。まっすぐ線をひこうとしているのにコントロールできない。文字を書くのもそろそろ左手に変えたほうがいいのか。
「君らも親子ダブルスに出るの?」
「ボクは出ますよ」
「ボクも出ます」
一番背の高い子と一番お調子者っぽい子が答えた。どちらも中学生に見えるほど体が大きい。
「何年生?」
「6年です」
「前原さんって何歳ですか?」
「30歳だよ」
「ボクもひとつ質問! 彼氏はいるんですか?」
「は? いないけど何?」
「ボクも質問していいですか? カーリングが上手くなりたいんだけど、やっぱりご飯はいっぱい食べた方がいいんでしょうか?」
「ご飯?」
「ボクも質問! 前原さんの体重って何キロですか?」
お調子者がそんな質問をすると残りの男の子たちは笑い、ひとりの男の子は叩くような仕草でお調子者をいさめた。
現役時代よりぽっちゃりしている夏希をどうやらこの子らは面白がっているようだ。
「質問がよく聞こえなかった。もう1回言ってみ。何だって?」
「え、いやその」
お調子者は上体を少しうしろへ引いた。
「おまえ」
夏希は立ち上がり、お調子者の襟首をつかんで締め上げた。お調子者は笑いながらすみませんと謝った。他の3人は楽しそうにそれを見ていた。
「失礼だろ女性に体重を聞くなんて。クソガキめ」
「ごめんなさい。でも悠斗が聞けっていうから」
「バカ、俺はそんなこと言ってないだろ」
大会に出るといった一番背の高い子があわてた様子を見せた。夏希はその悠斗という子のお尻にキックを食らわせた。悠斗という子は大きく短い声を出して尻を押さえた。
それを見て笑っているお調子ものの尻も続けて蹴り上げてやった。
氷上の先に目をやると、杏もこっちの様子を遠くから見ながら笑っていた。夏希はなんだかさらに腹が立ってきてお調子ものの尻をもう一回蹴り上げた。
「おまえらイスの前に並べ!」
4人は慌てて横一列に並んだ。夏希はひとりずつ頭をはたいていった。体重のことを聞いたお調子者はとくに強く叩いた。
「おまえ大会に出るって言ったよな?」
顔を近づけるとお調子ものは小さく2回うなずいた。
「トーナメントでアタシに当たったら覚悟しとけよ。おまえの投げたストーンなんざ全部アタシが弾き出してやるからな。ハウスのいい場所に置けたやつもこのアタシが全部テイクアウトしてやるよ。なめんなよコラ」
お調子者は隣の子と目を合わせてイタズラっ子のような恐縮の表情を見せた。
「おまえら全員頭を下げて前原さんごめんなさいって謝れ。しっかり頭を下げて反省の気持ちを見せろ。あたしが10数えるまで頭を上げるなよ」
夏希はイスに座ってふんぞり返った。男の子たちは顔を見合わせて笑いをもらし合ったあと、言われたとおり頭を下げた。
「前原さん、ごめんなさい」
「10数えるまでそのままにしてろよ。いいか数えるぞ。10、9、8、7、おい、おまえら頭を上げろ!」
カーリング場の入り口に山坂の姿が見えた。どうやらこちらへ向かってくる。
「おまえら頭を上げろ!」
「え?」
「いいから頭を上げろ! はやくしろ!」
夏希はふんぞり返っていた体を起こして、組んでいた足を下ろした。腕組みしていた両腕をほどいて髪を急いで整える。前髪はとくに何度も手ぐしですいて均等に垂れるようにした。
上着を見渡しながら崩れがないか両手で軽く引っ張って形を整える。
服を整え終えると背筋をまっすぐに伸ばし、両手はヒザの上で重ねた。脚は少し内股ぎみに閉じる。
山坂がこっちへやって来る。夏希は悪ガキたちの方に顔を向け、山坂の方は見ないようにした。しかし視界の端で山坂をしっかりと捕らえていた。黒目と白目の境い目ギリギリのところで山坂が近づいてくるのをロックオンしている。
何かに気づいたのか男の子たちは山坂のほうに目を向けた。
「どうしたんですか前原さん?」
「黙れ」
夏希はクソガキどもの質問をシャットアウトした。山坂がだんだんと黒目の中心に向かって近づいてくる。東京で会ったとき以来の再会だ。大会に参加することは電話で伝えたが、顔を合わせるのはあのとき以来だ。
夏希は顔をほぐすために顔の筋肉を縮めたり伸ばしたりした。さらに練習のために笑顔を3回ほど試作してみる。それを見て男の子たちは笑いをこらえていた。
生意気なクソガキどもをにらみながら夏希は声を整えるため咳払いを2回した。2回目のとき喉がつまっておもわずむせてしまった。4人は笑いをこらえきれず吹き出した。
「夏希ちゃん、ここにいたのか」
「あっ山坂くーん」
夏希は爽やか笑顔を作りながら振り向いた。目と目が合った瞬間小首をかしげ、体が小さく見えるように肩も少しすぼめた。
「頑張ってるみたいだね」
「せっかく大会に出るんだから頑張らないと」
「君たちも頑張ってる?」
山坂は男の子たちにも声をかけた。男の子たちはだらしない感じで山坂にバラバラに挨拶をした。
「今ね、この子たちにね、上手に投げるコツを教えてあげていたんだよ。ねーそうだよねー。みんな熱心でエライねー」
4人はニヤニヤしながら顔を見合わせた。
「サインが欲しいって言うからさっきサインもしてあげたんだよねー。君たち山坂くんにちょっと見せてあげなさい」
しかし4人は笑いをこらえているだけでサインを見せようとはしなかった。山坂さえいなかったら4人にはこの場で人生の終焉を迎えさせてあげていただろう。
「山坂くんこっちに来てよ。杏を紹介するから」
夏希は立ち上がって山坂を杏ほうに導いた。
「夏希ちゃんは姪っ子さんと出場するんだったね」
山坂は夏希の案内でリンクのほうへ向かった。夏希がクソガキどもの方を振り返ると、まだニヤニヤ笑いながらこっちを見ていた。夏希は野良犬を追い払うようにあっちに行けと手で払った。
「夏希ちゃんのおかげで参加者がすごく増えているんだ」
「えっ何? ああ参加者ね。どれぐらい増えたの?」
「去年の3倍ぐらいに増えている。夏希ちゃんが優勝の景品を提供してくれたおかげだよ。さらに夏希ちゃん自身も参加するとあってめちゃくちゃ話題になってるよ」
「よかった喜んでもらえて」
「カーリングをはじめる子供も急に増えだしているんだ。やっぱり夏希ちゃんの影響って大きいよ」
「アタシ嬉しい」
「左手でやるって聞いたけど大丈夫?」
「普段も左手で生活しているから平気。スマホも左だし、お料理のときも左かな」
夏希は鍋を振る仕草を見せた。
夏希は東京から持ってきた服を鏡の前で着てみた。もし誘われることがあればと思って持ってきたお出かけ用の服だ。所持している服の中で一番いいやつだ。
銅メダルを獲った直後ぐらいに買ったやつだ。あの頃はテレビ出演も多くてお金に余裕があった。最近はしまむらかユニクロでしか服を買っていない。
「どうしたのスカートなんかはいて」
杏がやってきた。お風呂あがりのようで濡れた髪をバスタオルで拭いていた。
「この服どう思う? かわいいかな?」
「うーん・・・服はいいけど、なんかピチピチだね」
確かにそのとおりだ。今より10kg以上痩せていたときに買った服だ。サイズのことを考えると最近買ったしまむらの服を持ってくるべきだったか。
「夏希ちゃんその服を着て明日どこか出かけるの?」
「どこにも行かないよ。持ってきた服のシワをちょっと伸ばしているだけ」
杏は怪訝そうな顔を見せて居間のほうへ行ってしまった。
明日は休日だ。姉は週に1日はお休みの日を作るよう条件を付けてきたから言われたとおりにしていた。
杏は友達と遊びに行くらしい。夏希はとくに予定がなかった。せっかく持ってきたお出かけ用の服にも出番はまだ訪れそうにない。
杏がテレビをつけたようで夏希の耳にもテレビの音声がとどいた。先日からはじまった冬季オリンピックのようだ。
すぐにカーリングだとわかった。氷の上をストーンが滑っていく音がしていた。
スイーパーがウエイトを知らせる声も聞こえてきた。スキップがそれに応えて指示を出す。
ブラシでアイスを掃く音も聞こえてきた。会場からは観客の声があがる。
実況アナウンサーが喋りはじめた。解説者もそれに続く。ふたりの声をかき消すようにストーンの激しくぶつかる音が響きわたった。
居間をのぞくと杏はテレビの前に座って画面を食い入るように見ていた。
ちょうど日本の選手が投げようとしているところだった。ストーンは投げ出されると氷の上をまっすぐ滑っていった。2人のスイーパーが必死に掃きはじめる。ストーンがハウスへ向かっていく。
「カーリングやってるよ夏希ちゃん。日本対スイス」
「うん」
「日本がリードしてる」
「うん」
夏希は扉のところから顔を半分だけ出して遠巻きにテレビの画面を見ていた。日本の選手が投げたストーンはハウスにやや掛かったところで止まった。選手たちは胸をなでおろしていた。もう少し奥だったらヒットアンドロールの標的になっていただろう。この位置ならいいガードストーンにもなる。相手にとっては邪魔なストーンだ。
夏希は顔を引っ込めて鏡の前に戻った。スカート姿の着飾った女の子が眼の前にふたたび映し出された。
杏の声が聞こえた。何やらはしゃいでいる。夏希は服を少し引っ張って形を整えた。乱れがないか鏡を見ながら入念に確認する。杏のはしゃぎ声がさらに大きくなっていく。
夏希は鏡の前を離れてもう一度扉のところに引き返した。半分だけ顔を出してテレビをそっとのぞく。
スイスの選手がストーンを投げ、2人のスイーパーが横を並走していた。さっきの日本のストーンと同じようなコースを滑っていく。ウェイトが足りない。ラインコールをミスしてることが夏希にはわかった。多分予想以上にストーンは曲がるはずだ。
杏が声を上げた。ストーンがやはり急に曲がりはじめた。ヤップの声が高らかに響く。ふたりのスイーパーが懸命に掃きはじめる。夏希は首を伸ばして顔をもっと扉から突き出した。
ガードストーンに当たりそうだ。間に合わない。
ストーンがぶつかる音が響いた。杏は喜びの大きな声を発した。スイスのストーンはさっき日本が置いたガードストーンに当たってしまった。
弾かれたストーンが外へ出ていく。スイスの選手はそれを見ながら落胆の表情を浮かべた。
日本チームにとっては複数得点のチャンスが出てきた。でも最後のドローショットを投げるスペースはそんなに広くない。結構狭い。かなりプレッシャーを感じながら投げることになるだろう。それでも日本代表のスキップならここは決めないといけない。
「そんなところに突っ立てないでこっちにおいでよ」
「うん」
「スイスに勝ちそうだよ」
「うん」
「どうしたの」
「ん?」
杏が不思議そうな顔を向けていた。
「どうしたの夏希ちゃん?」
「何が?」
「そんな所で隠れん坊みたいなことしてないで、こっち来て一緒に見ようよ。日本すごく強いよ」
「代表に選ばれるぐらいの人たちだからね。でも4年前の代表決定戦ではアタシがこの人たちをまとめてやっつけたんだよ」
夏希は走っていって杏に組みつき、その小さな頭を拳でグリグリした。杏は悲鳴をあげながら足をバタつかせた。
姉は仕事に行ってしまい、杏は友達と遊びにいってしまった。
夏希は朝からテレビを見ながらゴロゴロしていた。午前中やっていたのはボブスレーとモーグルだ。
午後はオリンピック中継がないようなので夏希はカーリング場へ向かった。他に行く場所がない。町にはお店が全然ないし、パチンコ屋もカラオケボックスもネットカフェもない。
何もない町だ。
今日はカーリング協会の会合がおこなわれる日のはず。掲示板にそんなことが書いてあるのを昨日見た。
それならば山坂がまたカーリング場に来ているのではないか。
カーリング場につくと夏希は着ていたコートを脱いだ。下はお出かけ用の服だ。いつもはジャージだが今日は練習しないからこれを着てきた。
まずリンクの方をのぞいてみた。大会の参加者が増えていると言っていたけど、そのせいか6つあるリンクが全部うまっていた。しかし山坂の姿は見あたらない。
事務所をのぞいたあと会議室の方ものぞいてみた。けどいない。2階の観客席も見にいってみたがやはりいなかった。
服のせいかいつもよりみんなに見られているような気がした。東京のおしゃれガールがやって来たぞと思われているのだろうか。北海道の片田舎には売っていないような華やかな服だ。
脇腹あたりが苦しいので見てみると縫い合わせ部分がはち切れそうになっていた。今にも糸が切れて弾けてしまいそうだった。やはりしまむらにすべきだったか。
夏希は1階に戻り、練習している子供たちを眺めた。山坂は今日は来ないのだろうか。
見ているとうまい子が何人かいた。こういう子たちが大会に出てくるのだ。しかもうまい子の親というのもたいてい上手いのだ。
初心者レベルの杏と、左手で投げる自分。それではたして勝てるのだろうか。参加者が3倍に伸びていると山坂は言っていた。勝ち上がっていくのはかなり大変そうだ。
練習している子のなかでとくに上手な子がひとりいた。体の大きさから見て5年生か6年生だ。
ハウスの中のストーンを弾き出す練習をしていたが、ストーンに当たるときの音の抜けがいい。にごりのないきれいな音だ。しっかりと芯に当てて確実にテイクアウトしている。
あの男の子と杏を取り替えてくれないだろうか。もしペアを組む相手を自由に選んでいいのなら、夏希はあの男の子をドラフト1位で指名するだろう。
「なっちゃん久しぶり」
声をかけられ夏希は我にかえった。振り返ると八木知恵美が立っていた。
「大会に出るんでしょ。聞いてびっくりしたよ」
「出る。うん」
いい返事が思いつかなかった。声もちゃんと出ていなかった。かつてライバルだった女との12年ぶりの再会だ。
心臓に変な液体でも流し込まれたみたいに心が乱れてきた。なんとか平静を保とうと一度全身に力が込めた。
八木知恵美がこっちに近づいてきた。勝ったこともあったはずなのに負かされた記憶のほうが夏希の脳に溢れ出してきた。
「なっちゃんいい服着てるね」
知恵美は夏希のお出かけ用の服をながめた。破裂しそうな横っ腹のところを見られないよう夏希は体を少し斜めにずらした。
知恵美がハグを求めてきたので夏希は半歩うしろへ下がってしまった。そこでなんとか受けとめた。
「会うのは12年ぶりかな。懐かしくてワタシ泣きそう」
そう言いながら知恵美は屈託のない満面の笑みを見せた。笑うと知恵美は相変わらず目が線のように細くなった。顔全体で笑っている感じだ。
12年前と変わらず顔が丸々としている。胸も丸くて大きい。でも体のラインだけは細くてきれい。
「まさか知恵美も出るのか大会に?」
「長男と出るよ。いま4年生」
「4年生?」
「あたし二十歳で結婚したから。知らなかったでしょ」
知恵美は小学生の頃から男子には人気があった。一番最初に結婚相手が見つかりそうな子と言われていた。そうした羨望を女子はみんな知恵美に対して持っていた。
二十歳で結婚というのは予想以上に早いが、田舎町であることを考慮すればありえなくもない。
「圭吾!」
知恵美はリンクで練習している長男を呼んだ。手招きしてこっちへ来るよう呼びかける。
「圭吾おいで」
さっきのあの子だ。練習している子の中でとくに上手だった子。ドラフト1位の男の子だ。うまい子の親もたいてい上手いという法則がピッタリ的中した。
遠目から見ていたときはわからなかったが、やってきた圭吾の顔を見ると知恵美の子供であることがハッキリとわかった。顔に面影が出ている。
「圭吾あいさつをしなさい。銅メダルを獲ったこの町のヒーローだよ」
「こんにちは」
圭吾が挨拶した。夏希も軽く頭を下げた。いかにも知恵美の子供らしい礼儀正しさが感じられた。知恵美も子供の頃はこんな感じだった。
「圭吾くんってすごく上手だね。いつからやってるの?」
「一昨年ぐらいからはじめました」
「本当に? 4年~5年ぐらいやってるのかと思った。このカーリング場に来る子の中でたぶん君が一番うまいよ」
「母の指導のおかげです」
圭吾は大人みたいな喋り方をした。まるで高校生と話しているみたいだ。生徒会長とかやってそうな感じの子だ。
「なっちゃんもやっぱり圭吾のこと上手いと思った? まだ始めて2年も経たないけど、でもこの子センスがあるんだよね」
大会で優勝するうえで一番の障壁になるのはこのペアで間違いないだろう。杏と自分のペアではたしてこのふたりに勝てるのだろうか。
トーナメントで当たらないことを願おう。当たるまえにどこかで勝手に敗退してくれたらいいのだが。
「あ、パパが来たよ。パパー!」
圭吾が入り口のほうに手を振った。知恵美もそちらに目をやった。
夏希は脇腹に手をやった。
山坂がこちらにやってくる。圭吾は急に子供に戻ったみたいに走りだし、父親を迎えにいった。山坂は駆け寄ってきた息子の頭を抱き寄せなにか言葉をかけた。知恵美はその様子を目を細めて見ていた。
糸がブチブチと弾ける音が聞こえた。夏希は脇腹を必死におさえていた。
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