面白いストーリーの作り方

【起】どういう話がこれから始まるのかを観客に理解させる

目次

ストーリーを楽しんでもらうためには、これからどういう話が始まるのかをまず観客に理解してもらう必要があります。これが起の役割です。

『ロッキー』なら、人生をあきらめている無名ボクサーにタイトルマッチのチャンスが到来する話。これを理解させないといけません。

『俺たちに明日はない』ならボニーとクライドが日常を捨てて無謀な銀行強盗の旅に出る話。これをまず観客にわかってもらうことを目指します。

いったい何の話が始まるのかを観客が理解した瞬間に物語は立ち上がり、起は完成します。

物語が立ち上がるまでの流れ

物語が立ち上がった瞬間に起は完成です。実際どのような流れで進行していくのかを松本清張の『張り込み』を例に紹介します。ドラマ版の方がわかりやすいのでそちらで説明します。

物語が立ち上がるまでにはいくつかの段階を踏む必要があります。

「逃亡中の犯人は昔の恋人のところに現れるはず」

ベテラン刑事はそう読んで張り込みをはじめた。犯人にとっては彼女こそが最後の拠り所のはず。

このような感じで物語はスタートします。

刑事ものだということがわかります。女性を見張って犯人を捕まえようとしていることもわかります。

起ではこのように主人公の目的を明確にします。何の話なのかを知ってもらうためには絶対に必要なことです。

しかしまだこの段階ではこのオモテストーリーしか見えてきません。裏のストーリーが見えず、何をめぐる戦いなのか観客には完全にはわからない状態です。

このままいくとベテラン刑事が頑張って張り込んで犯人を逮捕するだけの浅い話になってしまいそう。

そういうつまらない予想しかできない段階なので、観客はまだストーリーへの興味は湧きません。

つまり、観客に「こうなって欲しい」という願望をまだ持たせるまでには至ってない状態です。

新米刑事も張り込みに動員されることに。

血気盛んな新米刑事は地味な張り込み捜査など本当は嫌だった。しかし唯一尊敬しているベテラン刑事に声をかけられ手伝うことに。

若手刑事も登場してきました。無鉄砲で猪突猛進な感じの若者なので成長や変化を予感させます。若手刑事とベテラン刑事の人間関係なども描かれそうな感じがします。

「この新米刑事こそが主人公なのかな」と感じ取る観客も出てきます。

でも裏ストーリーがハッキリ出てきたわけではありません。少し話が広がりはしたけど、なにを楽しめばいいのか観客はまだ理解できない状態です。

まだこの段階でも観客は感情移入してくれません。

しかし起というのは、こうして少しずつ情報を提供しながら進めていきます。全部の情報を一度に出しても観客は混乱するだけ。

うまくお膳立てしながら立ち上げの瞬間へ向かっていきます。

仕方なく捜査に加わった新米刑事だったが、張り込みの対象となっている犯人の恋人をはじめて見たとき驚いた。ただの冴えないブスではないか。

犯人が心の拠り所にするぐらいだからもっとひと目を引く美人だと思っていた。もっと若くてもっとスタイル抜群で、もっと裕福ないい暮らしをしているものだと。

犯人はこんな女の所には来ないだろう。わざわざ危険を冒してまでこんな地味でつまらない女に会いにくるはずがない。別のもっと華やかな女性関係者を張り込んでいる刑事たちもいる。自分はそっちに呼ばれたかったな。

ベテラン刑事への尊敬が揺らぎはじめるのを感じながら、新米刑事は女性の行動を監視しはじめる。

ここで物語は立ち上がります。

張り込みをして犯人を捕まえるというオモテのストーリーに対して、愛の物語が裏ストーリーとして加わりました。

「どうやら愛のせいで犯人が捕まる話のようだ」観客がそう理解した瞬間に物語は無事立ち上がります。

そして同時に観客は「新米刑事は疑っているけどベテラン刑事の読みが当たるはず。犯人はきっと来る。愛が出てくる」と予想します。そして観客はその愛の光景が見たいと感じてストーリーに引き込まれていきます。

起で絶対に必要なものはこの2つです。この2つを達成してはじめてストーリーは立ち上がります。

物語が無事に立ち上がったら、ストーリーは承の前半へと移行していきます。

新米刑事は張り込みを開始したけど、でも何も起きず犯人の元恋人は職場とアパートを往復するだけ。地味で退屈でつまらない暮らし。的外れな捜査をしているのではという危惧は日ごとにふくらんでいった。

こんな感じの承の前半へつながっていきます。

最速で物語を立ち上げる

情報を全部一度に出しては観客は混乱します。例としてあげた松本清張『張り込み』のように3ステップぐらいで段階的に立ち上げていきましょう。

1ステップ目と2ステップ目で刑事ものであることや、張り込みで犯人を捕まえるストーリーだと知らせ、3ステップ目で問題の女性を出して一気にストーリーを立ち上げます。

1ステップ目と2ステップ目でまず準備をして、3ステップ目で立ち上げる。この呼吸をおぼえてください。

最後の3ステップ目は脚本術みたいな本では「第1ターニングポイント」という言い方で紹介されています。準備していたものへついにスイッチを入れて作動させるパートです。さらには序盤の盛り上げパートでもあります。

3ステップ構成にこだわる必要はなくて、2段階で出来るならそれでもいいです。5段階ぐらいで立ち上げても構いません。

大事なことは、起全体をコンパクトにまとめること。とにかくすみやかに物語を立ち上げること。

起はスピード勝負です。早ければ早いほどいい作品になります。

観客が話の全体像を理解するまで30分もかかるような映画はちょっと遅すぎます。

何の話かわかるまでは退屈で苦痛をともなう時間です。「こうなればいいな」という感情移入が発生していないためストーリーにもキャラクターにも興味が持てない状態です。意味のわからないお芝居をただ見せられているだけ。

30分よりは20分で物語を立ち上げたほうがいい映画になります。

10分で済ますことができたらもっといい映画になります。

とにかくスピーディーに。

最速を目指しましょう。

コツは物語の途中から始めること。作った冒頭のシーンが無駄だと思ったらどんどんカットして、物語の途中からスタートする感じにしましょう。

『張り込み』にしても、犯人が犯罪を犯すところからスタートしていては無駄が多すぎます。

新米刑事がベテラン刑事を尊敬するようになったエピソードなどもカット。あとから回想で入れればいいです。

新米刑事が刑事になってから今日までの悪戦苦闘の日々も当然不要。

このようにしてスタート地点をどんどん後ろへズラしていきます。

ベテラン刑事がもうすでに張り込みを始めているシーンからスタートすれば、物語はかなりのスピードで立ち上がります。

「え、こんな後ろからスタートするの?」と一般の人が驚くぐらい後ろへズラすのが普通です。

どれだけ後ろにズラすことが出来るかの勝負です。限界まで後ろにズラして、でも物語はちゃんと立ち上がる。そのポイントを見つけられるかどうかです。

願望を引き出す

物語が立ち上がったときには、これから始まる戦いに対して「こうなって欲しい」という願望が生まれていないといけません。観客はその願望どおりの光景を見たくてストーリーに引き込まれていきます。

これを引き出すための最重要アイテムは「主人公に感情移入させる方法とその重要性」でも解説したとおり、悪です。

観客は悪が成敗される話にしか感情移入しないというぐらい悪は大事。『張り込み』では新米刑事の予想こそが悪です。

「犯人が心の拠り所にするぐらいだから、若くて美人でいい暮らしをしている女性に違いない」そう決めつけています。でも実際の元恋人はただの地味な女性でした。美人vsブスという戦いの構図になっています。愛か金かの女性バージョンですね。外見vs中身と言い換えてもいいです。

観客は新米刑事の間違いが正されることを強く望みます。「犯人はこんな女のところになど来ない」という新米刑事の予想は外れて欲しいと。

そして犯人にも期待感を膨らませていきます。ちゃんとこの地味な女性のところに来て欲しい。20歳ぐらいの若い美人女性の所には行って欲しくない。表面的な快楽におぼれるのではなく、地味女性との間にちゃんとした愛を育み、それを心の拠り所としておいて欲しい。愛のせいで捕まって欲しい。

観客はそう願います。

『張り込み』の立ち上げ手順を今一度思い出してください。まずベテラン刑事が出てきて女性を張り込んでいます。次に新米刑事が出てきます。さらにそのあと問題の女性が出てきて物語が立ち上がります。

なぜ女性が登場した瞬間に物語が立ち上がるのかというと、悪が出てくるからです。新米刑事の間違いが表面化するからです。美人vsブスという戦いの構図が示されて、観客の心に「こうなって欲しい」という願望が生まれるからです。

逆の言い方をすれば、悪が出てこないと物語は立ち上がりません。ベテラン刑事や新米刑事が登場しただけでは立ち上がってくれません。

別のわかりやすい例をもうひとつ出して説明しましょう。たとえば結婚する相手を娘が初めて家に連れてくるストーリーを作るとします。父親は複雑な気持ちです。しかしまあちゃんとした男なら歓迎してやろうかという気持ちでいます。

これだけではドラマが起きそうな期待感は生まれません。父親が多少は寂しい気持ちになるだろうけど「こうなって欲しい」という強い願望までは観客から引き出せません

しかし、映画『招かれざる客』みたいなことが起きたらどうでしょうか。父親は人種差別なんていけないよと娘にも教えているような立派な人で、でも娘の連れてきた男が黒人だったらどうか。

招かれざる客 映画

父親は困ってしまいそう。普段は人間みな平等と言ってるけど、いざ自分が当事者になったときどうするのか。自説に疑問を感じはじめるのではないか。結婚反対という気持ちが湧いてくるのではないか。

こういう感じの悪がストーリーに登場することではじめて「ふたりを認めてあげて欲しい」という願望を観客は持ちます。

普段は人種差別なんていけないと言ってるくせに、いざ自分のことになると気持ちが揺れている。そうした間違いを見せられると、観客はそれが正されることを強く望みストーリーに引き込まれていきます。

起でしっかりと物語を立ち上げるには悪を出さないといけません。そうすることで観客の胸に「こうなって欲しい」という感情移入が生まれます。

面白くするのは当たり前

起はストーリーが始まる場所であり、物語を立ち上げるパートです。キャラクターや舞台設定など説明しないといけないものがたくさんあります。

だから説明ばかりでつまらなくなりがち。

でもそれではいけません。面白さも要求されます。

ストーリーが始まったばかりなので観客は知らないことがたくさんあります。まだ感情移入もできていないし、先の展開への期待感も持っていません。かなり難しい状況ではあります。でもなんとかして面白くしないといけません。

「起は難しいからつまらなくていい」そうあきらめてしまったらもう負けです。いいストーリーは作れません。

難しいけどなんとかして面白くするんだという気概を持つようにしましょう。

謎とかピンチとか競技とか、自分の持てる力をすべて動員して少しでも面白くなるように努力します。

むずかしさに直面するのは避けられないことなので、あれやこれやで何度も書き直しを行うことになるパートでもあります。

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