面白いストーリーの作り方

『カーリング今はもう』

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第2話 12年ぶりの景色

前原夏希は12年ぶりに故郷の雪を踏みしめた。ここに立つのは高校を卒業して町を出ていった18歳のとき以来だ。

バスは夏希を降ろすと音をたてながらゆっくりと遠ざかっていった。他に車は走っていない。どこまでも続く雪道をバス1台だけがゆっくりと走っり去ってゆく。

夏希は開けていたコートのボタンを全部とめることにした。カバンを開けて厚手の帽子もさがした。ロシア人がかぶっていそうなボアに包まれた帽子だ。4年前に買ったものだけど東京では使用機会がほとんどなかった。それがこうして役立つときが訪れようとは。

雪はやんでいて上空には穏やかな空が広がっているが、町には雪がどっさりと積もっていてどの方向を見ても真っ白だった。建ち並ぶ家々もまるで巨大な冷蔵庫のように見えた。

バス停の時刻表をのぞいてみると、2時間に1本しかバスが来ないことがわかった。12年前と何も変わらない。

夏希は実家のほうへ向かって歩きだした。1歩足を進めるたびに雪の鳴る音がした。

現在あの家には姉と10歳の姪がふたりで住んでいた。母親はもう他界したし、父親は仕事で大阪に転勤してそのまま向こうに住みつづけている。

バス停のあたりは家が建ち並んでいて一応は住宅地みたいになっていた。しかし家のほうへ少し歩くと道の反対側はすぐに家が途絶え、雪に覆われた平原が広がりはじめた。

遠くには雪に覆われた森が見え、そこには大きな湖があるはずだった。湖のほとりまで走ることが昔の夏希の日課だった。しかし雪のせいで湖までの道が隠れて見えなくなっていた。どこを通れば湖まで行けるのか判別不能だ。

湖から視線を少しずらすと奥に薄い灰色をした山々がかすかに見える。その山の上空には春先のようなのどかな青空が広がっていた。

子供の頃は町の周りに大雪原が広がっているように感じていたが、今こうして町に立ってみると大雪原の中に小さな町がぽつんと存在していたのだとわかった。

道を進み角を曲がるところで夏希は足をとめた。

途中でお菓子でも買っていこうと思っていたのだがお店がなかった。ここに小さな食料品店があったはずなのだが。潰れたのか空き地になっていた。

あたりを見渡してみたが他にお店は見当たらなかった。

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家では姉が昼食を用意してくれていた。昨日から飛行機や電車を乗り継いで旅してきたので疲れていた。そしてそれ以上にお腹が空いていた。

夏希は久しぶりに食べる姉の手料理に舌が止まらなくなり、出されたものを次々とたいらげていった。普段料理などいっさいやらない夏希には姉の作った家庭料理がずいぶん美味しく感じられた。姉は何をやらせても優秀な人だ。料理も上手だしカーリングもうまいし。

夏希にカーリングを教えてくれたのもこの姉だ。

「アンタ本当に大会に出るの?」

「出るよ」

そのために戻ってきたのだ。夏希は用意されたデザートのリンゴを頬張った。

「でもなんか意外だな。夏希がまたカーリングをやるなんて。だってもう1ミリも興味ないとか言ってたでしょ?」

「まあそうだけど」

「コーチ就任の話だってずっと断り続けていたくせに」

「そんな古い話」

「今年もまた届いたんでしょ、お歳暮。所属してた東京のチームがジュニアチームを新設するからコーチをやらないかってずっと熱心に誘ってくれているのに。あきらめずに毎年送ってくるお歳暮のハムだけしっかり食べちゃって」

夏希はリンゴを頬張りながら視線を廊下へそらした。

「杏はいつ学校から帰ってくるの?」

「もう2度とないんだろうなって思ってた。夏希がストーンを握ることなんて」

姉の口調が急に真面目な感じになった。夏希は口を開こうとしたけどリンゴのせいで言葉が出てこず、そのまま汚れたガラスの向こうの廊下を見つめた。廊下は時間が止まったように静かで、何も存在しない真空の世界のように思えた。

「もう本当に2度とないと思ってた。氷上に立つ夏希の姿を見ることなんて。もう本当にないんだろうなって。だから今回大会に出るって聞いたとき本当に良かったなって。引退してから一回もカーリングを見てないみたいなことも言ってたから、さすがに心配で」

「杏おそいね」

夏希は立ち上がると姉に背を向けたまま扉の方へ歩み寄った。

「このあいだテレビでやってたオリンピック前の壮行試合は見た? けっこう強かったよね」

「見てないよ、それより杏おそいね」

夏希は戸を少し開けて廊下へ首を突き出し、玄関をのぞいた。暖房で暖かくなりすぎた頬に冷たい空気が当たって少し痛かった。

「もうそろそろ帰ってくると思うけど」

「帰ってきたらさっそく練習にいってくる」

「いきなり練習するの? 長旅で疲れてるでしょ」

たしかに旅の疲れで体が少しだるかった。しかし大会は来月だ。もう1ヶ月もない。休んでいる暇などない。

「右手は大丈夫なの?」

「いや、あたし左手でやろうかと思ってるんだ」

夏希は扉を閉めてテーブルのところに戻ると、置いてあったスマホを左手で持ち、誇示するように掲げてみせた。姉はスマホを持った左手ではなく右手に視線を送っていた。

「最近はね、もうほぼ左利きみたいになってるんだ。スマホも左でさわってるし、スロットなんかも左かな」

「スロット?」

「いやまあともかく、右より左のほうが断然使いやすいってこと」

「カーリングは? 左でやったことあるの?」

「ないよ」

だからこそ練習が必要なのだ。

玄関のほうで音がした。杏が帰ってきたようだ。小さな足音が廊下をかけてくる。

杏に会うのは1年ぶりだ。昨年姉が杏をつれて東京に遊びに来たとき以来だ。

「夏希ちゃん!」

着ぶくれした丸々とした姿で杏が登場した。あんころ餅が服を着て帰ってきたかのようだ。

「杏。かわいくなったね。もう4年生だもんね」

「まだ3年生だよ」

「あれ、まだ3年生か。10歳じゃなかったっけ?」

「この子まだ9歳になったばかりだよ。このあいだ電話で話さなかったかな」

夏希は記憶をたどってみたがそのような記憶は出てこなかった。どこかで思い違いをしていたようだ。たしかにあらためて杏を見ると体は3年生ぐらいの大きさだった。

「夏希ちゃん、大会に出るんでしょ」

「出るよ。あたしと杏で優勝してやろうぜ」

「うん、やる。優勝するぞー! おー!」

「やる気がみなぎってるね。練習も頑張れそうだね」

「いっぱい練習する!」

杏は男の子みたいな強い口調でそういった。全身から元気が溢れ出している。

「絶対に優勝する。そしたら夏希ちゃんのブラシがもらえるんでしょ?」

「いや、あれは大人用だから杏にはまだ早いよ。代わりにプレステ買ってやるよ」

「本当に! 優勝したらプレステ買ってくれるの?」

「このまえ東京に来たとき欲しいって言ってたじゃん。優勝したら買ってやるよ」

「ちょっと夏希、勝手に決めないでよ。ゲーム機なんて与えたら杏が勉強しなくなるでしょ」

姉は夏希と杏のあいだに割って入ってきた。

「いいじゃん姉ちゃん、プレステぐらい。みんな持っているんだから」

「そうだよ、ワタシぐらいだよゲーム持ってないの」

杏が腕にからみついてきたので夏希は杏の手を握ってバンザイをした。まるで表彰台の上でふたりで声援に応えているみたいな格好だ。杏は優勝したかのように夏希と一緒に両手を上げてはしゃいでいた。

大会で優勝したら今度は本物の表彰台の上でこうやってはしゃがせてあげられる。

「でも杏、あんたカーリングやめたって言ってたよね。カーリングなんて面白くないって」

母親に指摘されて杏がバツの悪そうな顔を見せた。

「姉ちゃんそれ本当? 杏はずっとカーリングをやってるんじゃなかったの?」

「上手くできないからってたった3ヶ月ぐらいでやめちゃったんだよ。もうやりたくないって」

「そうなのか杏?」

杏は恥ずかしそうな顔をしながら夏希から逃れるように床にでんぐり返しをした。夏希が追っていくと鬼ごっこをしているみたいにさらに逃げて廊下へ飛び出していった。

知らなかった。去年の今ごろの時期に杏がカーリングをはじめたという話を聞いた。だからもうキャリアは1年ほどになると思っていた。

「宿題してくる」

杏はそのまま階段をあがっていった。

「宿題が終わったら練習だよ」

「えっ無理だよ。今日は宿題がいっぱいあるから」

夏希は追いかけて行こうとしたが姉が呼び止めた。

「夏希、練習は明日からにしときなさいよ」

そう言われて夏希は足を止めた。

「疲れてるでしょ。今日はゆっくり休みなよ。アンタが昔使っていた部屋がそのまま空いてるから、自由に使っていいよ。昼寝でもしたらどう。私の部屋はいま杏の部屋になってる」

夏希は階段から2階を見上げた。この先に自分の部屋がまだ残っているらしい。

階段をあがって部屋に入ると中央に布団が置いてあった。あるのはそれだけで他に何もなかった。12年前にはあったはずの机や本棚は全部消えていた。

変わらないのは窓の外に広がる雪の世界だけだ。

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夏希は地平線までまっすぐ伸びる雪道を走っていた。

杏が学校から帰ってくるまで時間があった。昨日と同じように天気がいいので、この時間を利用して少し体を動かしておこうと思った。

しかしすぐに肺が苦しくなって足を止めた。息切れの声があたりの雪原に響きわたる。せめて湖のところまでは走りたかったけど無理のようだ。

夏希は湖まで歩いて行くことにした。初日だ。仕方がない。

胸のあたりの内蔵が痛かった。心臓が破裂でもしたのだろうか。これから毎日この苦しさに耐えないといけないのだろうか。

でもせいぜい1ヶ月の辛抱だ。さっさと1ヶ月間練習して、さっさと優勝して、さっさと東京へ帰ろう。

毎日走っていたら体重も減ってくるから苦しさは日に日に軽減されるはずだ。

昨日お風呂からあがると体重計があったので乗ってみた。現役時代より10キロ以上太っていた。久しぶりに体重を測ったのだが、まさかそんなに増えているとは思わなかった。

ふだん鏡を見ても自分が太ったとは感じたことがなかった。しかし10キロも太ったのだから顔は変わっているはずだ。

昔と比べるとどんなふうに自分は変わってしまったのだろう。たとえば山坂はイベント会場で自分を見たとき、どんな印象を持ったのだろう。

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夏希が杏を連れてカーリング場に入っていくと、あたりの空気が一変した。話していた者は会話をやめ、体を動かしていた者は動きを止めた。

なんだか居心地の悪い空気だった。地元チームの誘いを蹴って東京を選んだ裏切り者みたいに思われているのかもしれない。大会に景品を提供したスポンサーなのに。スポンサーを迎えるような空気には感じられなかった。

アイスの上では練習をしている人がたちが3組いた。一番端のレーンでは中年女性のチームと高齢者のチームが4人対4人で対戦している。そのとなりのレーンではコーチが小学生たちにブラシの使い方を指導していた。

そのとなりでも小学生たちが練習をしていた。

知っている人がいないか見渡してみたが見知った顔がひとつもない。場内にひびく掛け声やストーンが当たる音には聞きおぼえがあったし、ブラシでアイスをこする音にも聞きおぼえがあった。でもまるで一度も来たことがない場所に来てしまったような感覚だった。

記憶していたよりもなんだか天井が低いように感じる。そのせいかリンクの氷が反射する光が少しきつい。アイスの質も関係しているのだろう。設備全体が一昔前のものみたいに古かった。

それだけ東京のカーリング場が立派だったということだ。恵まれた環境にいたことが今になってよく実感できた。

リンクにいる人たちは知らない顔ばかりだった。夏希はもともと友達が多いタイプではないのだが、それにしても12年前ここに通っていたときによく見かけたあの人たちはどこに行ってしまったのだろう。

6レーンあるうちの3レーンが使用されていた。巨大なカーリング場ではあるのだが、レーンが半分も空いている光景なんて昔はあまり見たことがなかった。夏希がここに通っていた頃はもっと人でうまっていたはずだ。

山坂が言っていたように時代が変わってしまったのだろうか。

「夏希ちゃん、みんながこっち見てるよ。どうしよう」

「気にするな。あたしが有名人だからどうしても注目を浴びてしまうんだ」

夏希は足元にブラシを置いて手にグローブをはめた。杏もそれを真似してグローブをはめようとした。

「帽子は?」

たずねると杏は自分の頭をさわった。帽子がないことがわかると、そのへんに落ちていないか確認するように周囲を見渡した。

「ロッカーに忘れてきちゃった」

「カーリングやるの久しぶりでしょ。転んで怪我しないようニット帽はかぶっておいた方がいいよ」

「取ってくる。ついでにトイレにも行ってくる。夏希ちゃん先に始めてて」

杏は帽子を取りに向かった。戻ってくるのを待っていても仕方がないので、先に始めておこうか。

夏希はブラシを手にリンクに上がろうとした。しかし1歩足を踏み入れると体が硬直した。

脇に並べられているストーンが目にとまった。すぐに目をそらしたが、移動させた目線の先の氷上にはカーリングの大きな円が描かれていた。

目の前に広がっているものをあらためて意識すると、これが夢ではないことがハッキリとわかった。

しかしかまわずそのままリンクに入っていくと、こわばった感情はすぐに解きほぐされていった。氷を蹴って氷上を滑ると気持ちがどんどん温かさを取り戻していくのがわかった。

スト-ンが並べられたところまで戻ってくる頃には軽く高揚する気持ちさえ芽生えていた。

夏希は片膝を付き、ストーンの前で身をかがめた。右手でストーンに軽く触れてみる。さわるのは4年ぶりだ。

夏希はそのままそっとハンドルに指を這わせ握ってみた。

ハンドルを握り込むと生まれてはじめて触ったような変な感じがした。ストーンがやけに重い。自分の知らないうちにルールが変わってしまったのだろうか。20kgのはずだが。

夏希はそのままストーンをながめた。

丸い大きな石。それを握るために取り付けられたハンドル。

投げ込む先に目を移した。

40メートル先には投げ入れる円が描かれていた。なんだかずいぶん遠く感じる。もっと近かったように記憶しているのだが。あんなに遠かっただろうか。

大幅なルール改正が行われたとしか思えない奇妙な感覚だった。

「夏希ちゃん頑張ってね」

誰かの声が後ろから聞こえた。振り向くと知らないおばさん2人が笑顔で通りすぎていくところだった。

「あ、どうも」

夏希はとりあえず会釈しておいた。夏希ちゃんと呼ぶぐらいだから知っている人だろう。でもどこの誰だろう。全然思い出せない。

でもよかった。裏切り者の自分を迎え入れてくれる人もちゃんといるようだ。

夏希は気分が少し軽くなるのを感じながら前方へ目を戻し、ストーンを握りなおした。

足を蹴り台に乗せて感触を確かめてみる。久しぶりにカーリングのシューズを履いたせいかどうもしっくりこない。

深呼吸をしながら40メートル先のハウスを見つめた。あの円の中心に向かって投げればいいだけだ。敵より円の中心の近くに投げ入れたら勝ち。カーリングなんて単純だ。

夏希は投げる体勢に入った。

ゆっくりと足を蹴り出し体を前方にすべらせていく。

重心が安定していないことが途中ですぐにわかった。しかし構わずそのままハウス目がけてスートンを投げた。

ストーンが勢いよく滑っていく。

しっかりと投げたつもりだったが左の方へそれていく。自分の感覚と全然違う動きだ。思っていた以上に右手は動いてくれなかった。全然コントロールできていない。

ストーンはハウスに届くこともなく左横の壁に当たってしまった。4年ぶりの投球は予想をはるかに下回る最悪のできだった。

今の派手な暴投を誰かが見て笑っていないかと心配になり、夏希は周囲に目をやった。

向こうのレーンから何人かがこちらを見ているのがわかった。しかし夏希が顔を向けるとその人たちは目をそらして自分の練習に戻った。

こっちを見ている人はすぐにいなくなった。

そのまま視線をカーリング場の入り口の方に移すと、ニット帽をかぶった杏が歩いてくるのが見えた。やっと戻ってきたようだ。

夏希はストーンをもうひとつ手に取った。杏が来る前にもうひとつ投げておこう。今度は左手だ。

夏希は靴カバーを左用に付け替えた。

左手でストーンを握り40メートル先の円をながめた。なんとなく左ならうまく投げられるような気がした。右手よりもハンドルの感触がしっかりと伝わってくるように感じる。

夏希はその感触が消えないうちに投球フォームに入り、2投目を投げた。

生まれてはじめて左で投げたので体がかなりぶれた。でも投げたときの感触は悪くなかった。ストーンはさっきよりまっすぐ氷の上を滑っていく。

ストーンはそのままハウスを通り越して滑っていき、奥の壁に当たってしまった。

狙った位置をはるかにオーバーしてしまったが、1投目よりはずいぶんマシと言える結果だ。

1ヶ月あればなんとかなる気がした。最近はずっと左手で生活しているのだ。感触は悪くない。奥まで行ってしまったのは4年のブランクのせいで、左手のせいではない。感覚が合っていないだけだ。

1ヶ月かけてその感覚を合わせるのだ。

「一番奥まで行っちゃったね。ちゃんと狙わないとダメだよ」

杏がもう横に来て立っていた。今の投球を見て小馬鹿にするような薄笑みを浮かべていた。たしかに笑われても仕方がない投球ではあった。でも右手で投げた1投目をもし見ていたらもっと笑われていただろう。

「じゃあ今度は杏が投げてみなよ」

杏の脇を突くと笑いながら身をよじらせた。

やはり頼みの綱は左手だと夏希は再確認できた。左のほうがコントロールする感覚がつかめそうだった。1ヶ月あればなんとかなる。左手中心の生活になってきている今となっては、やはり左腕こそが頼りだ。

右はダメだ。1年与えられてもまともに投げられそうにない。

杏は投げる体勢に入り、ストーンを前にすべらせた。かなり体がグラグラしている。

手からストーンが離れるとそのまま左に進んでしまい、ストーンはすぐに壁に当たってしまった。夏希が投げた1投目のようなひどい大暴投だ。

杏は立ち上がると投げたストーンのほうを眺めた。

ここまでひどいとは予想外だった。今日からカーリングをはじめた初心者ですと言っているようなひどい投球ではないか。投げる姿勢からしてもう全然ダメだ。

左手で投げるのがなんとかなったとしても、杏のせいでトーナメントを勝ち上がっていけない可能性がある。

「どうだった夏希ちゃん?」

杏が恥ずかしそう笑みを見せながら近づいてきた。

「すごくいいよ杏。いける。優勝できるよアタシたち!」

「本当に? わたし良かった?」

「大器の片鱗を感じたね。杏は才能があるよきっと」

「わたしも夏希ちゃんみたいになれるかな?」

「なれるよ。ただし練習しないとダメだよ。1ヶ月間みっちり練習すれば誰よりも上手くなれる」

杏はその言葉に嬉しそうな表情を見せた。

「頑張って優勝する」

「やろう。やれば出来る。やらない奴はやった奴に抜かされる。これ大事なことだから杏も1回口に出して言ってみ」

「わたしも夏希ちゃんみたいにカーリングが大好きになって毎日練習する!」

「ちゃんと言えよ」

お尻を叩くと杏は楽しそうな声をあげた。

「でも夏希ちゃんはカーリングが大好きすぎて小学生の頃は毎日練習していたんでしょ。お母さんがそう言ってたよ」

杏はお尻をさすりながら笑顔を見せた。

夏希は杏から手を離して上体を起こし、隣のレーンに顔をやった。そこは無人で静まりかえっていたが、その向こうのレーンでは小学生たちが練習しており、5年生ぐらいの男の子ふたりが全力で氷を掃いていた。まだ声変わりしていない甲高いスイープの掛け声が館内に大きく響いていた。

「ちょっと杏もう1回投げてみて。ちゃんとハウスの中心を狙うんだよ。ハウス。わかるよね。あの円のことね。あの円の一番中心に投げるんだよ」

杏は言われたとおり投げる体勢に入った。夏希はさっきよりもっと近くで杏のフォームを確認しようとした。

姉はカーリングがとてもうまかった。しかし杏はどうやら母親のそうした才能は引き継いではいないようだ。

もしかしたら今このカーリング場にいる子の中で一番下手かもしれない。1ヶ月しかない練習期間が寸足らずの短いものに思えてきた。

 

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